銀河鉄道の夜 その4 往く人帰る人 ~長岡俊輔君を悼む~

俊輔の話は尽きないし、忘れることもないだろう。
永久に、死ぬまで忘れることはないだろう。

その人がいた場所にその人がもういない
その人がいた場所に二度とその人が戻ってこない
ただそれだけなのに 本当に悲しく切ない
私にはまだ死というものが良く分からない
かつて私は 死をナメていましたので、いつ死んでもいいとか どうせ早く死ぬからイイヤとか
そういうバカなことを親の前で平気で言っていた自分を今ここで殴ってやりたいと思います。
素直になれないのであの時あんなことを言ってごめんなさい、と親に謝ることはできないけれど
せめて
二度と
そういうことは言わないと誓う ここに誓うよ俊輔


物事はなんでもそうだけれど計画通りには進まないし常に番狂わせがある。
人の生きる死ぬも全然予定通りにはならない。
年の順に死んだって辛いものを、順番が狂ったりするのは本当にどうしたらいいのやら
取り返しがつかない


不思議なことがたくさんあった ここには全部書き切れないけれど
社会人選手権で岩手を訪れる人たちにぜひ 俊輔を思い出していただければと思います。
月並みな言葉で、使い古された表現だけど 忘れないでいてくれることで俊輔は永遠に生きられると思うし
これで俊輔だけは年を取らないのだね 私の親友も大変若くしてこの世を去りましたが、代わりに永遠の若さと美しさを手に入れた。


神がいるのならば教えてほしい こういう番狂わせやトリッキーな出来事は何の意味があるの?
意味もなくこういうことをするのは誰 神様なの?仏様なの?それとも何か別なもの?
何かを伝えようとしているのならこういう訳のわからんやり方は二度とヤメテと言いたい
またもし、何の意味もないのなら ほんと腹立つ

もしあのときこうすればああだった えーんえんシクシク っていうのは 苦手だ
何をどうしたって結果は同じだっただろう という考え方も嫌い
泣いたり叫んだりしても故人は絶対喜ばないだろう そういう人だったしね


名古屋での葬式
岩手での葬式
来月の社会人選手権
そして来年は岩手国体もあるね

どうだろ おおよそホッケーをしている人で俊輔となんらか関わりのあった人は
だいたいこの4つのポイントのどれかで 俊輔に会いに来てもらえる、思い出してもらえるのではなかろうか?
逆にこのどれにも引っかからない成年男子がいれば、そりゃモグリじゃ!!


葬式に行くのが供養でもないし
泣くのが悲しみの表現でもない
墓参りに行かなくても別にいいと思う


ただ忘れないでやって

岩手に来たらその時には思い出して欲しい

私ごときが何を言ったところで、何も変わらないとは思います
けれど
言わずにはいられない


本当に みんな命を大切に
自分の為だけじゃない 周りの人のために 親のため 子のため じいちゃんばあちゃんのため
友人のため 妻や夫のために
みんな命を大切にしよう してください いや、命を大切にしろ!と命令形で叫びたい!!


この世を去りたくなかっただろう もっと生きたかったに違いないよ
100歩譲って、 何らかの突発的なできごと 事故により そうなったとしても
せめてサヨナラは言いたかっただろう それすらもできないときが 


あるのだという事実


他人事とは思わず 私もですけれど
この悲しみを意味あるものにするためには、この痛みの中から何か教訓を得なくてはならない
彼はたった一つしかない大切な命が不本意にも唐突に消えるという現実を通して

本当の幸せとは
ただ生きている事それだけ
生きていることそのものに感謝を


と教えてくれているのではないか

と思った。

もうこれで俊輔のことをこんなに書くことはないだろう。
私たちは何かを今日から始めなくては。





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by frater2015 | 2015-08-24 03:45