銀河鉄道の夜 その3 流線形の貴公子 ~長岡俊輔君を悼む~


俊輔の葬儀(名古屋編)で、DVDのナレーションを確認している最中、
カユと私の中で「りゅうせんけい」なのか「りゅうせんがた」なのかということで意見が分かれた。
現役の中では「流線型(りゅうせんがた)」が定着していると聞いて私へ驚愕した。
なぜならその「りゅうせんけいの貴公子」をというキャッチコピーは私が作った作品なのだ。
あの、坪内さんの「人工芝の赤い稲妻」と同じ時期に作ったと思う!
その時の字は「流線形(りゅうせんけい)」だったのだけど、この当時に作った選手のキャッチコピーはあまりにも好評すぎて、テレビやラジオ出演、実況の時にも使われたりして完全に独り歩きしていて、知らない間に流線「形」が流線「型」になっていったようだ。


流線形 ならば「りゅうせんけい」だけど
流線型 ならば「りゅうせんがた」と読まれても仕方がないなー。


名古屋の葬儀が終わってから、そんなことを考えていた。
でも流線型(りゅうせんがた)って、あの、相撲の土俵入りの「雲竜型」「不知火型」みたいじゃない?
まあでもGKのスタイルとしては土俵入りって雰囲気がない訳でもないか。


何よりも 俊輔がこの「流線形の貴公子」という呼び名を大変気に入ってくれまして
作った私は使うたびに鼻高々でありました。


「最高にして最強(山堀貴彦)」「ホッケー界の至宝(片山謙一)」「ミッドフィールドの魔術師(小澤和幸)」よりも
「流線形の貴公子(長岡俊輔)」が一番カッコイイと本人は申しておりましたな。


さて・・・

俊輔の葬儀で皆さんに見ていただこうとユニフォームや防具などを探したのだけど、俊輔は2012年にフラーテルの現役を引退したあと、何も残さず執着もなく殆ど全てのアイテムを人にあげてしまったり、実家に送ってしまったり、手元に置かず処分してしまっていました。
まあ、潔いというかなんというか。さらに俊輔はGKではなくフィールドプレーヤーとして試合に出たりしていました。

だから私たちは「俊輔の遺品を探す」という宿題を与えられ、限られた時間の中で自宅や実家を探してもらったり、先輩の三好GKや後輩の高瀬GKなどと相談しながら、「素晴らしいホッケー選手(GK)でもあった俊輔をぜひ記憶にとどめていただきたい」というただその思いだけで、右往左往しながらも懸命にあれらの展示物を揃えたのでした。

どんなものを並べたって、俊輔の人生の一部ですら正確に表すことなどできないし、俊輔の存在の代わりになれるはずがない、
と分かっているのだけれど、それでも私たちは失われた彼の面影を何かに探してしまう。
それというのも、あれほど礼儀正しく誰よりもきちんとしていた俊輔が、今回だけはなぜか一言の挨拶も別れの言葉もないまま、去ってしまったからなのです。


こんな別れは無いよなあ。
でも、どうすることもできないんだ。
この割り切れない 忘れがたい 名残惜しい 別れがたい どんな言葉でも表せない


ああでも さらば、流線形の貴公子よ

いま別れを言わなくてはいけないのだよね
本当に悲しく辛い いやちがう 悲しいとか辛いというのは何か違う
怖い そう 怖い というのが一番近いような気がする
見覚えのあるユニフォーム まだ昨日のことのように


せめて何かないかと探した
2012年の勇退時に俊輔が書いたメッセージをここにアーカイブしておこうと思います。



2012年度をもって、名古屋フラーテルを勇退しました。
2004年からの9年間プレー出来た事を誇りに思います。

まず、長い間プレーする事が出来た丈夫な体に産んでくれた両親と理解ある家族に恵まれた事に感謝しています。
そして、フラーテルをはじめ、ファンの皆様、ホッケー関係者の方に、この場を借りて深くお礼申し上げます。

私はフラーテルで様々な役職をさせて頂くことで、自分の事だけでなく、チームが勝つために何をするべきかを考える事が出来ました。
昨年の全日本選手権はコーチという立場でしたが、全ての試合でイメージ通りの展開をチームメイトが体現してくれた事は、何とも言い様のない嬉しさがありました。チームのみんなを信じる事が出来れば、必ずいい結果がついて来ると改めて思いました。

今は、ホッケーを完全燃焼する事が出来て、とても清々しい気持ちで日々の生活を送っています。
これからも、名古屋フラーテルの活躍を共に応援して頂ければ幸いです。
本当に長い間、お世話になりました。ありがとうございました
長岡 俊輔




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by frater2015 | 2015-08-24 02:03